オーストラリアの情報と日豪交流│Australia Info.

Australian Info. オーストラリアの情報と日豪交流


ホーム
森の住人たち
ホリディ
オージー英語
在日オーストラリア
レストランリスト
リンク

Australian Info. オーストラリアの情報と日豪交流

 

オーストラリアの情報と日豪交流

現在の日本の時刻:

『オーストラリアの情報と日豪交流のサイトへようこそ』


◆Rain Forest Inhabitants〜森の住人たち

◆Holiday in Australia〜オーストラリアの休日

◆オージー英語について

◆オーストラリアに関するリンク集

◆日本にあるオーストラリアレストランリスト

ーストラリアは、南大平洋とインド洋、南氷洋に囲まれた、約770万キロにおよぶ、広大な大陸です。

地質学的に極めて古く、その誕生は地球上で知られる最古の地層が形成された時代にさかのぼります。その後、度重なる地殻変動や侵食を受け、山岳部の少ない台地が形成されたといわれています。

 また、ここに生息する動植物たちに世界的にも珍しい種が多いのは、長い間、他の大陸と隔地されてきたため、進化の並に洗われずまた弱肉強食をの免がれてきたからです。

 国家としては、1988年に建国200年を迎えた若い国ですが、実はヨーロッパの人々が移り住むはるか昔から、先住民族でああるアボリジニたちが暮らしていました。万物に霊魂が宿っていると 信じる彼らが作り出すブーメランや立て笛、ユーカリの樹皮に描かれた絵などの工芸品は、オーストラリア文花に深い影響を与えています。

 現在でもおよそ2万人のアボリジニが、アウトバックと呼ばれる内陸部奥地で昔ながらの狩猟生活を営んでいます。彼らは、たとえ雨のほとんど降らない砂漠地帯であっても、植物の生態から、あるいは泉をもとめて飛ぶ鳥を利用して水脈をえる、といったさまざまな大自然の知恵を身に付けていきます。

 しかしながらかつてそうした未開の地に足を踏み入れヨーロッパの探検家たちにとっては、カンガルーが飛び跳ねる珍しい光景に惑わされたのか、多くは水源を探しあてることができないまま、さまよい消えていったといわれています。

 ヨーロッパ諸国がこの大陸の存在を認めたのは、二世紀頃からで、当時の天文地理学者が、『未知の大陸』として地図に残しています。やがてヨーロッパの大航海時代にあたる1606年、スペインへの航海家が近くの海峡を航行したのを皮切りに、同年、オランダ船が初めて大陸に到着しました。

 その後、一世紀余りを経た1770年、イギリス人ジェームズ・クックが東海岸に上陸しました。 折しもイギリスはアメリカを独立戦争で失い、そのため植民地活動をこの地に転じることとなります。こうして、1788年1月26日(建国記念日に制定)、1500人余りを乗せた船が現在のシドニーの地に上陸しました。

 1851年、ニュー・サウス・ウェールズ州で砂金が発見されたことにより、世界中から一獲千金を夢見る人々が集まり、人口が急増しました。さらに第二次世界大戦後には400万人を超える移民を受け入れ、アジア各地との結びつきも年々深めています。 自然も、動物も、人間もおおらか、それがオーストラリアです。

1997-2008 Copyright (c) Australia Info. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.
Produced by Webmake